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大山の西麓に広がる、このサイトの拠点。日本最古の鬼退治伝説と植田正治写真美術館の町。
未確認のピンを含みます。お出かけ前に施設の公式地図をご確認ください。
1泊目は海辺の皆生温泉、2泊目は大山の麓のリゾート泊。神話・妖怪・山岳信仰・鬼伝説と物語をたどって、最終日は伯耆町をゆっくり回る2泊3日。
一冊の小説をきっかけに、伯耆の刀の歴史を調べてみた。わからないことが増えていく面白さ。
伯耆町は「鬼の町」を名乗っている。鬼とは誰だったのか。刀を打った安綱は、どちら側の人間だったのか。
鬼伝説から安綱の刀、船上山の戦い、たたら製鉄、刀剣乱舞まで。この土地の1300年を、ざっと通して読む。
1030年前に打たれた刀が、今も東京の博物館に残っている。その鉄が生まれた場所が、鳥取県伯耆町。
伯耆生まれの国宝・童子切安綱。でもこの刀、最初から「童子切」ではありませんでした。古い記録を順に開くと、名前が育っていく様子が見えてきます。
鬼の町・溝口。その伝説の大元を探したら、肝心の前半が失われていた。記録を探す旅の途中で出会った、出どころの違う三つの物語の話。シリーズ「鬼住山、三つの物語」のはじまり。
弟は射られ、兄は許された。団子と笹の鬼退治には、あまり語られない結末がある。町じゅうに鬼が飾られている本当の理由。【伝承】
ある旧家の家伝にだけ残る、もう一つの鬼住山。恋からはじまり、鬼は残らず従い、それでも皇子は帰らなかった。【文書記録】
現存する最古の文書に、鬼は出てこない。いたのは隣国の首長だった。震えて降参した男と、皇后の旅の話。【文書記録+学説】
物語から、地面へ。鬼塚、太刀洗の池、鬼守橋。伝説の舞台はぜんぶ実在する。そして宿題がひとつ——町の鬼の像は、どっちを向いている?
奈良に都があったのとほぼ同じ時代、大山のふもとに大きなお寺が建っていた。その屋根を飾っていた石の鴟尾は、現存例が全国でたった三つ。【史実】
日本三大奇祭のひとつ。山あいの福岡神社で、藁の大蛸を抱えた男が梁にしがみつき、ぐるぐると回される。なぜ海から遠いこの土地に、蛸の祭が残ったのか。【伝承+史実】
米子と溝口のあいだ、出雲街道沿いに二部という宿場町があった。Web上の情報は薄いけれど、地元に住んでいるからこそ歩いて確かめられるテーマ。【史実・現地補強予定】
伯耆町は、大山への玄関口だった。溝口宿から大山寺へ続く参詣道は、お参りの人だけでなく、牛を曳いた博労たちも通った道。日本遺産にもなっている。【史実】
このサイトの案内人、旅人うさぎの自己紹介。鳥取とうさぎの縁と、このサイトの歩き方。
酒呑童子を斬った国宝の名刀は、伯耆生まれ。超有名なのに、どんな見た目でどんな伝承か、意外と知られていない。
なぜ伯耆で名刀が生まれたのか。答えは大山の砂鉄と、日野川と、たたらの火。
ほうき、と読めたらもう仲間。旧国名を背負った町の成り立ちと、鬼・刀・大山への入口。
「ほうき暮らし」が何を、どんな温度感で発信するか。行ってよかった場所・歴史・暮らしの情報を、住む人の目線でゆるく。
観光地じゃない伯耆町を歩く。集落の風景と暮らしの気配。
孝霊天皇と大牛蟹・乙牛蟹。伯耆町に残る、日本で一番古いと伝わる鬼退治の物語。武器は団子と笹だった。
鬼をおびき出したと伝わる笹巻き団子。伝説から今に続く郷土の味の話。
書いている人の自己紹介。伯耆町に暮らす理由。
大山の西麓、米子から車で20分。伯耆町の位置関係と全体像。