移住してきて最初に面食らった光景のひとつが、おにっ子ランドの巨大な鬼でした。なんで鬼が、あんなに堂々と飾られているんだろう。退治された悪役のはずなのに。
その疑問から鬼住山の鬼退治の話は前に書きました。でも書いたあとも、ずっと引っかかっていたことがあります。あの鬼退治の話は、そもそもどこに記録されているんだろう。
ひとつの山に、三つの物語(AI生成イラスト)
「正しい記録」を探したら、なかった
調べはじめて、戸惑いました。鬼退治の物語はあちこちで語られているのに、その大元の、きちんとした記録が、どこにあるのか見つからない。
伝説の大元は、楽楽福神社(ささふくじんじゃ)に伝わった縁起の巻物です。神社の由緒を記した書物で、西社の神主・入澤家が代々所蔵していました。ところがこの巻物、明治のころに行方が分からなくなります。
そして大正15年(1926年)に編まれた『日野郡史』は、残っていた部分を活字に起こしてくれた一方で、こう書き添えていました。
惜むらく前半缺本今日見るべからず (残念ながら前半は欠けていて、今日ではもう見ることができない)
つまり、いま文字で読める縁起は後半だけ。鬼住山の鬼退治――団子と笹の火のあの場面――は、失われた前半にあったとみられています。記録がないのに、物語だけが残っている。その不思議の正体が、これでした。
失われたから、想像が生まれた
前半を失った絵巻のイメージ(AI生成イラスト)
ミロのヴィーナスは、両腕が失われているからこそ「元はどんな姿だったのか」と、たくさんの想像を生み続けてきました。鬼住山の伝説も、似ています。文書の前半が消えたかわりに、口伝え・江戸の地誌・神社の由緒書きが、それぞれの形でこの物語を運んできました。
何が本当に記録に残っていて、何が後から想像で補われたのか。それを確かめながら読み進めるうちに――気がつけば、鬼の物語だけではない、三つの物語に出会っていました。どれも、鬼の話に劣らず気になる話でした。
三つの物語と、その出どころ
大事なのは、三つは出どころがそれぞれ違うということです。ここを、はっきりさせておきます。
- 鬼の物語【伝承】 — 団子と笹の鬼退治。でも前述のとおり、縁起の本文は失われていて、日野郡史にも載っていません。筋を伝えたのは、口伝・江戸の地誌『伯耆民談記』(鬼塚の記録)・神社の由緒
- 皇子の物語【記録】 — 恋と戦死の静かな話。これは縁起ではなく、進(しん)家という旧家の家伝が出どころ。日野郡史にその本文が載っています
- 人間の物語【記録】 — 鬼の出てこない結末。これは縁起の後半そのもの。失われずに残り、日野郡史に全文があります
気づいたことがあります。三つは、源が一つではありません。鬼と人間は同じ縁起の前半・後半ですが、皇子はまったく別の家の家伝。出自はバラバラです。
なのに――三つとも、同じ終わり方をします。
- 鬼は、滅ぼされず、降って北を守る
- 悪鬼は、残らず従う
- 備中の強者は、降参して家来になる
別々の家、別々の文書、別々の主役(天皇・皇子・皇后)。なのに、終わり方だけが、判で押したように同じ。「敵を滅ぼさず、降して、仲間にする」。源が違うのに結末がそろうのは、偶然とは思えません。それはたぶん、この土地の人々が、何を語るときにも選んでしまった記憶の形なのです。その意味は、最後の回でゆっくり考えます。
この連載の読み方
物語の「確かさ」が分かるように、四つの印をつけます。記録と、想像を、混ぜないように書くためです。
- 【記録】 — 日野郡史などに、文字で残っている
- 【伝承】 — 口伝や神社の由緒で伝わる(鬼の物語のように、文字記録が失われたものを含む)
- 【学説】 — 研究者の解釈や推定
- 【考察】 — 筆者(としき)が、想像してみた話
そして出典は毎回、記事の最後に載せます。『日野郡史』は国立国会図書館のデジタルコレクションで誰でも無料で読めます。気になったら、ぜひ原文へ。100年前の活字を自分の目で確かめるのは、ちょっとした冒険です。
うさぎのひとこと:絵巻の続きが破れてるなんて、気になって眠れないやつです。でも大丈夫、続きはこの町の人たちが、ずっと覚えていてくれました。
参考文献:
- 『日野郡史』下巻(日野郡自治協会、大正15年)第十四章 口碑傳説 — 国立国会図書館デジタルコレクション(コマ539〜543)
- 『日野郡史』上巻 前篇第三章 — 同(コマ65〜67)
- ※本シリーズは上記資料をもとに筆者が現代の言葉で書き直したものです。旧字・旧仮名の判読に誤りが含まれる可能性があります。原文はリンクから確認できます
- ※挿絵はAI生成イラストです(物語のイメージとして制作)