伯耆町を東西に貫く古い道に、出雲街道があります。山陰と山陽、出雲と播磨を結んだ街道で、参勤交代の大名も、商人も、旅人もこの道を通りました。その沿道、旧溝口の二部(にぶ)に、かつて宿場町がありました。二部宿です。
米子方面から来て、溝口宿との間をつなぐ位置。旅人が泊まり、馬をつなぎ、荷を継いだ場所——のはずなのですが、実はこの二部宿、調べてみるとWeb上の情報がとても薄いのです。
わかっていること
- 平安末期には、このあたりを後藤氏が治めていたと伝わります【推定】
- 天台宗の不動院が、二部へ移ってきた経緯があるそうです
- 伯耆町の公式サイトには「出雲街道今昔物語」という郷土記録があり、藩政時代から現代までの二部地区の歩みが記されています。これは一次資料として頼れそうです
逆に言うと、ここから先は現地に行って、見て、聞いて確かめるべき領域です。宿場の地割りが道の形に残っていないか。古い建物や屋号は。土地の人がどんな話を覚えているか。
ここは「歩いて勝てる」テーマ
このサイト「ほうき暮らし」は、地元に暮らす人間が書いています。情報がネットに少ないテーマほど、実は強い。観光サイトのコピペでは書けない、現地の写真と聞き取りで埋められる場所だからです。
二部宿は、まさにそういうテーマ。だからこの記事は、いまはまだ骨組みです。これから歩いて、撮って、確かめて、少しずつ厚くしていきます。
- 二部の集落 — 出雲街道沿い。場所は地図から(座標は仮置きの場合があります)
うさぎのひとこと:情報が少ない場所って、ちょっとわくわくしませんか。だれかが先に全部書いちゃってないってことだから。ここはこれから、足で書きます。
参考文献: