童子切安綱——酒呑童子を斬ったと伝わる、伯耆生まれの国宝。名前はとても有名です。でも、ひとつ不思議なことがあります。
この刀、はじめから「童子切」と呼ばれていたわけではありません。
古い記録を、ふるいものから順に開いていくと、名前がゆっくり育っていく様子が見えてきます。今回は「童子切」という名前が、いつ・どうやって生まれたのかを、なるべく大本の記録(原典)に当たってたどってみます。
まず、結論から
意外かもしれませんが——「酒呑童子を斬った刀」という話は、後から(室町時代に)付け加わったものです。もっと古い記録では、この刀は別の名前で、別の由緒で語られていました。酒呑童子退治の伝説そのものも、室町時代に生まれたと考えられています(東京国立博物館もそう説明しています)。
順番に見ていきます。
① 1423年ごろ — このころは「そは矢の剣」
現存する最古級の刀剣の本に『観智院本銘尽(かんちいんぼん めいづくし)』があります。ここに安綱の名前が出てきますが、書かれているのはこんな内容です。
「(安綱)田村将軍そは矢の剣 作上手也」
つまり安綱は、坂上田村麻呂(田村将軍)の「そは矢の剣」を作った名人として紹介されています。この段階では、酒呑童子も「童子切」という名前も、まだ出てきません。
② 南北朝時代『太平記』 — 鬼切、登場。でもまだ酒呑童子はいない
軍記物語『太平記』の巻三十二には、「鬼丸鬼切事(おにまる おにきりの こと)」という章があります。ここに、安綱がはっきり出てきます。
「此太刀ハ、伯耆国会見郡ニ大原五郎太夫安綱ト云鍛冶、一心清浄ノ誠ヲ至シ、鍛ヒ出シタル剣也」
(この太刀は、伯耆国会見郡の大原五郎太夫安綱という鍛冶が、心を清らかにして鍛え出した剣である——という意味です。)
ここで安綱が打った刀は「鬼切」と呼ばれています。でも、まだ「酒呑童子を斬った」とは書かれていません。 この刀が斬ったのは、渡辺綱が出会った別の鬼の話です。
③ 1483年 — ここで、酒呑童子と結ばれた
時代が下って室町時代、『能阿弥本銘尽(のうあみぼん めいづくし)』という本になると、はじめてこう書かれます。
「頼光夢想ニヨリテ是ヲ給リ、酒天童子ト云鬼ヲ切太刀也」
(源頼光が夢のお告げによってこの刀を授かり、酒呑童子という鬼を斬った太刀である——という意味です。)
ここでようやく、安綱の刀が「酒呑童子を斬った刀」になります。 古くからあった安綱の刀の由緒に、当時人気だった酒呑童子の物語が結びついた、ということのようです。
④ 1719年 — 「童子切」として名物に
江戸時代、八代将軍・徳川吉宗の命でまとめられた刀剣の台帳『享保名物帳(きょうほう めいぶつちょう)』には、こう記されます。
「丹州大江山に住す通力自在之山賊を頼光公此太刀にて討し故と申伝也」
(丹波国の大江山に住む、思いのままに術を使う山賊を、頼光公がこの太刀で討ったと伝わる——という意味です。)
こうして「酒呑童子を斬った刀=童子切」という名前が、名物の刀として定着していきました。
ひとつ注意 — 「鬼切」は2つあります
ここはまぎらわしいので、はっきり分けておきます。「鬼切」と呼ばれる刀は、実は2つあります。
- (A) この童子切安綱。古くは「鬼切」「そは矢の剣」とも呼ばれました。
- (B) 北野天満宮の「鬼切丸(髭切)」。源氏に伝わる、まったく別の系統の刀です。
(B)はかつて安綱の作とも言われましたが、近年の研究(京都国立博物館の調査)では安綱の作ではなく、鎌倉時代の作とされています。同じ「鬼切」でも別物なので、混同しないようにしたいところです。
「そは矢」って、どういう意味?
最後に、いちばん古い名前「そは矢の剣」。これがどういう意味なのか——正直に言うと、はっきりした答えはありません。
古い記録では「そはや」に、素早・草早・神通…といろいろな漢字が当てられていて、表記がバラバラです。坂上田村麻呂の伝説に出てくる「騒速(そはや)」という刀(兵庫・清水寺にあります)にも結びつけられます。つまり「そはや」という音があって、それに後からいろいろな字を当てた、というのが実態のようです。
「弓のように反った刀だから”矢”なのでは?」と想像したくなりますが、それを裏づける古い記録は見つかりませんでした。語源は諸説あって、まだよく分かっていない、というのが正直なところです。
まとめ — 名前は、物語といっしょに育つ
整理すると、こうなります。
- そは矢の剣(田村将軍の刀。1423年ごろ)
- 鬼切(『太平記』。でもまだ酒呑童子はいない)
- 酒呑童子を斬った刀(1483年・能阿弥本銘尽で結合)
- 童子切(1719年・享保名物帳で名物に)
ひとつの刀の名前が、語られる物語といっしょに、何百年もかけて育っていった——そう考えると、「童子切」という名前が、ぐっと味わい深く見えてきませんか。実物は今も東京国立博物館に、国宝として残っています。
うさぎのひとこと:名前って、生まれたときからその名前だと思いこんでたけど。刀にも、子どものころの名前があったんだね。
史実と伝承の区別
- 【史実】安綱が伯耆の実在の刀工であること(『太平記』『観智院本銘尽』に記載)、童子切が現存し東京国立博物館蔵の国宝であること
- 【伝承】源頼光が酒呑童子をこの刀で斬ったという話(室町時代に生まれ、後に刀と結びついた由緒)
- そは矢の語源は諸説あり、本記事は断定していません
参考文献・原典:
- 『観智院本銘尽』(NDLデジタルコレクション): https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2586654
- 『太平記』巻第三十二(Wikisource・全文): https://ja.wikisource.org/wiki/太平記/巻第三十二
- 『詳註刀剣名物帳』羽皐隠史(享保名物帳の翻刻・NDL): https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000566839
- 太刀 銘安綱(名物童子切安綱)|e国宝・東京国立博物館: https://emuseum.nich.go.jp/detail?langId=ja&content_base_id=100186
- ※能阿弥本銘尽の文言は福永酔剣『日本刀大百科事典』ほかの引用による