丘の上から燃える城を見つめる白いうさぎの水彩イラスト


お城が好きな人は多いと思います。 姫路城、松本城、彦根城。「現存天守」と呼ばれるお城は、それだけで特別扱いされます。

なぜか。

多くの城は、長い歴史のどこかで焼けたり壊されたりしています。 戦で焼け、雷で焼け、明治の廃城令で取り壊された。今ある城の多くは、のちの時代に再建されたものです。再建には再建の価値がありますが、創建当時の建物がそのまま残っているのは、ごく限られた例です。

お寺もそうです。何度も兵火に遭い、そのたびに人の手で建て直されてきた。「創建○○年」と書かれていても、建物自体は何度か姿を変えていることがほとんどです。

建物は燃えます。木は朽ちます。人はそのたびに建て直してきた。


では、刀は?

東京国立博物館に、一振りの太刀があります。

童子切安綱(どうじぎり やすつな)。国宝。

この刀は、980年から990年ごろに打たれたとされています。今から約1030年前。平安時代の中ごろです。

建て直されていません。修復して別の材料を継ぎ足してもいません。表面は何度も研ぎ直されていますが、鉄の塊としては、あの時代に鍛冶師が叩いた、あの鉄そのものです。

1030年前の人工物が、壊れずに残っている。 しかも、まだ切れる状態で。

博物館のガラスケース越しに太刀を見上げる白いうさぎの水彩イラスト

江戸時代の初めに、この刀の切れ味を試した記録が残っています。6人の遺体を重ねて置き、上から斬り下ろしたところ、すべてを断ち切り、下の土壇にまで刃が食い込んだ。1030年前の道具が、まだ機能していた。


たたら製鉄の炉を覗き込む白いうさぎの水彩イラスト

この刀を打った男がいた場所

童子切安綱を打ったのは、**安綱(やすつな)**という鍛冶師です。

通称「大原太夫」。姓は横瀬。

この人物が住み、刀を打っていたのが、伯耆国(ほうきのくに) — 今の鳥取県西部、この伯耆町を含む一帯です。

安綱は、三条宗近(京都)、友成(備前)とともに「日本最古の三名匠」と呼ばれています。日本刀が今の形 — 反りのある、片刃の刀 — になった最初期に、その最高峰を打った人物。刀剣鑑定の世界では、最高ランクの評価を受けています。

安綱がどこで刀を打っていたかについては、5つの候補地があります。伯耆町八郷の大原、日南町、倉吉市、米子市日下、日野町上菅。いずれも伯耆国の範囲です。1987年には米子市日下で鍛冶場の遺構が発掘されており、考古学的な裏付けが最も強い候補とされていますが、決着はまだついていません。

丘の上からたたら場の煙が上がる村を見下ろす白いうさぎの水彩イラスト


天下五剣の筆頭

日本刀の長い歴史の中で、「天下五剣(てんがごけん)」と呼ばれる5振りの名刀があります。

剣名作者時代所蔵
童子切安綱安綱(伯耆)平安中期東京国立博物館(国宝)
三日月宗近三条宗近(京都)平安中期東京国立博物館(国宝)
鬼丸国綱粟田口国綱(京都)鎌倉宮内庁(御物)
大典太光世三池典太光世(筑後)平安後期前田育徳会(国宝)
数珠丸恒次青江恒次(備中)鎌倉本興寺(重文)

この中の筆頭、最も古い一振りが、童子切安綱です。

そしてもう一振り、**天光丸(てんこうまる)**という刀があります。大阪の壺井八幡宮に伝わる重要文化財で、「童子切と同じ鉄から鍛えた双子の刀」と記録されています(河内名所図会)。一つの鉄から、国宝と重要文化財が生まれた。


安綱は一人ではなかった

安綱だけが特別だったわけではありません。

「古伯耆(こほうき)」と呼ばれる一門があります。安綱を始祖として、その子の真守(さねもり)、門人の安家(やすいえ)をはじめ、少なくとも12人の刀工が名を連ねています。

この中の安家もまた、国宝の太刀を残しています(京都国立博物館蔵)。古伯耆からは国宝が2振り生まれている。安綱だけの一発ではなかった。

さらに重要なことがあります。

のちに「日本刀の頂点」と呼ばれるようになる正宗(鎌倉時代の相州伝)は、古伯耆の作風を学んだとされています。日本刀の最高到達点の源流のひとつが、伯耆にあった。

古伯耆の作風は独特で、日本刀の五つの大きな流派(五箇伝)のどれにも属しません。黒味を帯びた鉄色、自由で野性的と評される刃文。「抑制のない」と表現されるその刀は、都の洗練とは違う力を持っていたようです。


1030年という時間

少し、想像してみてください。

安綱が刀を打っていた990年ごろ。平安京では藤原道長が権勢をふるい始める直前。紫式部はまだ源氏物語を書いていません。

その時代に打たれた鉄が、2026年の今、東京の博物館のケースの中にある。

その間に関わった人たちの名前が記録に残っています。源頼光。足利義輝。豊臣秀吉。徳川家康。この刀は将軍の手から将軍の手へと渡り、戦場に立ち会い、天下人に畏れられ、一度は行方不明になりかけ、刀剣鑑定家の進言で国が買い上げて今に至る。

その間ずっと、この刀は、あの鉄のまま。

その鉄が生まれた場所が、ここです。


参考: 童子切安綱 — 東京国立博物館蔵、国宝(1951年指定)。1962年に国費2,630万円で買い上げ。 天光丸 — 壺井八幡宮蔵(大阪)、重要文化財。 安綱の評価: Fujishiro最上作(最高ランク)、Hawley 150(最高値)。 古伯耆の現存作品: NBTHK認定で重要以上71点、特別重要8点。 安綱の鍛刀候補地: 伯耆町八郷大原、日南町、倉吉市、米子市日下、日野町上菅の5説。


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